インタビュー #2

この物語を作ったきっかけ

このコラムでは、この絵本の装丁を担当した梅垣が、この絵本ができるまでの物語を著者であるまつざわくみさんと一緒に紐解いていきます。前回は、著者であるまつざわくみさんの日常や原点についてご紹介しました。
第2話では、どのようにしてこの物語ができたのかをお聞きしたいと思います!

世界を映す心の泉とドキュメンタリー

梅垣)この物語の着想を得たときに、ふっと映像で思い浮かんだそうですね。少し過去にさかのぼってお伺いできればと思うのですが、学生時代に映像を学ばれていたことも関係しているのでしょうか?

まつざわ)そうかもしれませんね。大学で映像を学んでいたんです。主にドキュメンタリー制作ですが。

梅垣)なるほど、ドキュメンタリー。映像には小さい頃から興味があったのですか。

まつざわ)小学校の敷地内の雑木林に「心の泉」という池があって、それは子どもがえいやっと飛び越えられるぐらいの小さな池で、まさに大きな水たまりのような見た目でした。私はその水面を眺めるのがとりわけ好きで、色んな季節や天気の中で楽しんでいました。今思うとあれが映像を好きになった原点かもしれないなぁと。自分の姿を見つめていたら葉っぱやドングリが落ちてきて水紋が広がったり、アメンボが泳いできたり……水面にドラマが映し出される。それは雑木林の世界のドキュメンタリーだったのだと、最近になって気が付きました。

心の泉

梅垣)この物語の原風景は「心の泉」での体験だったのですね。映像を学ばれる中で、この物語を着想するきっかけにもなった映画監督の是枝裕和さんの存在があったとか。いつ出会われたのですか?

まつざわ)是枝さんが映画を作られる以前のテレビドキュメンタリー作品に、私はものすごく影響を受けていました。作り手として真摯に対象と向き合う姿勢が伝わる作品の数々を通して、是枝さんを尊敬していて、直接お話を伺いたいと想っていたんです。それで大学卒業前、是枝さんを囲んでドキュメンタリーについて語る場を作りたくてお手紙を書きました。すぐに「お便りありがとう、取り急ぎお礼まで」とお返事をいただき、少し時間をおいて「映画が完成したのでペンをとっています。キャンパスへお伺いしてお話し会に参加したいと思います。」と、またお葉書をいただきました。お忙しいのに、本当に凄い方だなぁと。想いが通じたことが、とても嬉しかったです。

ポストカード

当日はドキュメンタリー制作に関心の高い学生たちが集まり、楽しく豊かな会となりました。帰り道で色々とお話しできたのも魔法のような時間でした。

物語を書き続けた20代

まつざわ)当時私はある局のディレクター職を最終面接で落ちて、その後に決まった出版社への就職に不安を感じていました。ですがお話しして初めて是枝さんとその就職先に共通点があることを知り、一筋の光のように感じました。落ちて良かったと思えたり(笑) その後すぐ監督が映画美学校でクラスを開講するよと誘って下さり、社会人1年目のストレスフルな日々の中でも毎週ウキウキと京橋まで通いました。

梅垣)なるほど。大学を卒業されてからも交流が続いていたのですね。

まつざわ)はい、新卒で入社した企業で仕事が嫌になることがあって、是枝さんに相談することもありました。今思うと5月病だったのかな(笑)ある企画会議で上司が子どもをバカにする発言をして、それを全員が受け流している状況に腹が立ってしまって。メールで相談すると、是枝さんは「考えの合わない上司や体制に対しては「では自分だったらどうするのか」というのを常に考え続けることです。怒りや悔しさをエネルギーに変える。いつか一緒に映画を作る側にならないかと思っています。」とお返事をくださって深夜のオフィスで涙が出ました。きっとご本人は覚えていらっしゃらないでしょうが、その言葉にとても救われて、今もずっと大切にしています。

是枝さんご自身が、テレビ制作の現場で出社拒否気味だったAD時代があったらしくて。その陰で撮り続けたある長野のユニークな教育を実践する小学校のドキュメンタリーが、私は大好きだったのです。その作品の中の子どもたちと、カメラを回す是枝さんの姿勢に何度も気づきをもらってきたし、親になった今も観直すことがあります。

「では、自分だったらどうするのか」考え続けて、怒っている場合じゃないなぁと短い童話を書き始めました。20代って社会に出て、夢と現実の間でモヤモヤする時期ですよね。それから色んな仕事をしながらも、陰で黙々と書き続けた根暗な20代でした(笑)。あまり人には見せない作品を読んでいただいたり、私の子どもたちにも今も変わらずに優しい是枝監督には、本当に感謝しかない。ずっと大好きで尊敬している人です。

是枝監督

まつざわ)この写真は子どもたちを撮ってくださっている是枝さんの愛おしい後ろ姿です(笑)。監督ご自身も絵本がとてもお好きで、大塚いちおさんと一緒に出版もされているんですよ。

人は誰しもが心にみずたまりを持っている

まつざわ)私は結局、映像制作を仕事にしていません、今のところは。でも是枝クラスでの学びを通して人の話を聞くのがますます好きになりました。20代で尊敬できる大人に出会えるって大きなことですよね。人の話に耳を澄ませると自分の心のスクリーンに映像が浮かぶこと、そしてそれを楽しむ自分という観客の存在に気が付いて今に至ります。

梅垣)それは前回お話しされていた、今のアート名刺制作のお仕事にも通じていますね。

まつざわ)言われてみれば、そうですね。こうして絵本の形にするために梅垣さんとお話しする中でも気づかされました。自分の中で「仕事」とは切り離して続けてきた "童話を書くこと" が、実は本職との共通点が多いのだなぁということ。

映画美学校の生徒でなくなってからも、是枝さんがよく新作の試写に呼んでくださいました。監督のある作品を拝見した後に、それまで感じていたことが一気に溢れ出して書いたのが「ちいさなみずたまり」です。映画の主人公が、人形から人間になり、世界を新鮮なものとして見つめて心を動かす姿にもインスピレーションを得て、私の中に新しい物語が生まれました。

実はその試写室にて、子どもの頃からずっと尊敬する谷川俊太郎さんに是枝さんがご紹介くださったんです。長田弘さんもいらっしゃっていて、ずっと読んできたお二人の詩が頭に浮かんで、映画に集中できないほどでした(笑)。
こういった、ひとつひとつの奇跡の連なりによってもたらされた風景を「自分の心の中のスクリーンに映す喜び」を感じたことが「ちいさなみずたまり」が生まれたきっかけでした。「人は誰しもが心にみずたまりを持っているのではないか」そんな風に考え始めたら、生まれたての小さなみずたまりが "世界の色" を映し出したいと語る物語が、ぼわんぼわんと広がり始めたのです。

ちいさなみずたまりのイラスト

まつざわさん、ありがとうございます。「人は誰しもが心にみずたまりを持っているのではないか」というまつざわさんの言葉はとても印象深く、制作する中で物語そのものだけでなく、その裏にあるまつざわさん自身の物語を拝聴して、私自身のみずたまりに映しこんでいくような感覚がありました。その映り込んだ景色をそのまま皆さんにお届けできたらいいなと思って制作したのが、今回の絵本の装丁であり、このインタビューです。
さて、次の回ではこの物語に絵をつけてくださったノーム・コーンさんとの出会いや、日米と国をまたいで制作する中でのエピソードをご紹介いたします。お楽しみに!

プロフィール

まつざわくみ/著者

慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、出版社勤務を経て都内インターナショナルスクール幼稚園勤務。 傍らで児童文学の執筆を行い、新美南吉童話賞や福音館書店「一日一話コンテスト」受賞。
チェコ人の建築家とペーパークラフトブランド PORIGAMI を運営し、レーザー加工を施した紙作品が海外で受賞。 共著に「びょうぶカードBOOK にっぽん四季おりおり」(青幻舎)がある。
"kirifuda Japan"を立ち上げ、経営者のアート名刺やディスプレイ等を制作。
https://www.instagram.com/kirifuda_meishi/

梅垣陽子/装丁

神奈川県横須賀市生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科を卒業後、システムエンジニアとWEBデザイナーを経て、現在はブックデザイナーと絵本作家の一人二役ユニット「空想繪本屋」として活動。『野心家の葡萄』(吉家千陽名義)で絵本作家デビュー後、同作品で日本ブックデザイン賞2018入選。
https://www.instagram.com/chiharu.yoshiie/

インタビュー一覧

第1話
まつざわくみさんとは

2020年3月13日

第2話
この物語を作ったきっかけ

2020年4月15日

第3話
ノーム・コーンさんとの出会い

2020年4月18日

第4話
谷川俊太郎さんとの出会い

2020年4月19日

第5話
ニジノ絵本屋との出会い

2020年5月27日

ニジノ絵本屋

ニジノ絵本屋は「絵本の読み手と作り手をつなぐ架け橋」になることを目指し、2011年にオープンした絵本専門店です。東急東横線都立大学駅より徒歩3分の場所にある「店舗」、子どもから大人まで楽しめる絵本を制作する「出版」、音楽や食などとの掛け合わせで絵本の新たな魅力を伝える「イベント」の3つの軸で活動しています。
ニジノ絵本屋のレーベル絵本とは、絵本作家をはじめとするアーティストの仲間たちと企画・制作しているオリジナルの絵本です。