インタビュー #3

ノーム・コーンさんとの出会い

このコラムでは、この絵本の装丁を担当した梅垣が、この絵本ができるまでの物語を著者であるまつざわくみさんと一緒に紐解いていきます。前回は、この物語の誕生秘話についてご紹介しました。
第3話では、この物語に素敵な絵をつけてくださったノーム・コーンさんとまつざわくみさんがどのようにして出会ったのかをお聞きしたいと思います!

きっかけは20年前の突然の電話

梅垣)絵と文が異なる作家さんの絵本は世の中にたくさんありますが、そういった場合は出版社側からそれぞれにオファーする場合が多いのかなと思います。ただ、この絵本に関しては、まつざわさんとニジノ絵本屋が出会った頃には、すでにこの物語にノームさんのラフが添えられていて、ぜひこのままノームさんに作画をお願いしようということになりました。
まつざわさんとノームさんは古くからのお知り合いなのですよね?

まつざわ)振り返ると長いですねぇ。これまでご縁を感じる出会いはたくさんありましたが、ノームさんとの出会いは中でも忘れられないものです。実際にはほんの数日しか共に過ごしたことがないのに、国も世代も超えたソウルメイトのような関係だと想います。

たしか大学2年のある朝、先輩から「急だけど今日、通訳してくれないか」と電話で頼まれて。1限の講義へ向かう道だったので断ったのですが、絶対に大学よりもこっちへ来た方がいいからと説得されました。オカリナ奏者の先輩とは今でも家族ぐるみで仲良しですが、その時はさすがに強引だなと(笑)。面白そうだから会いに行ったらノームさんとパートナーのキャシーさんがいらして、すぐに意気投合しました。その日は終電まで夕飯を共にして語ったのですが、ノームさんとの話に夢中になって通訳を忘れ、先輩には「ちゃんと訳してよ」と言われたのを覚えています。

ノームさんとの写真

まつざわ)それから5年ほどずっと文通を続け、社会人になってニューヨークで絵のコースを受けた夏、帰りにアトランタへ寄って数日間ご自宅に滞在させていただきました。ノームさんはお若い頃に映画や広告業界でポスター制作などをされていたので、色々な作品を見せてもらい面白かったです。一緒に美術館へ行ったり、アトリエで水彩画を描く様子を見せてもらったり、キャシーさんと3人でお茶をしながら語り合う時間は、すでに何十年も一緒に過ごしたような感覚になるものでした。本当に不思議なご縁です。

これまでの点と点が線になって、絵本になる。

梅垣)驚くべきことに、それから一度も直接はお会いしたことがないまま絵本が完成したのですよね?

まつざわ)そうなんです。この物語に絵をつけていただいたのも、アトランタへ遊びに行ってからさらに5年ほどして、ノームさんに「久実さんは今どんなお話を書いているの?読んでみたいから訳して」と、お願いされたので自分で英訳して送りました。すぐに「このお話の絵を僕に描かせてほしい」と言われました。

実は、それからさらに10年が経って今があります。その間に私は結婚して、3人の子どものお母さんにもなり、変化の多い忙しい日々でしたね。手紙やメールは沢山交わしてきました。ことあるごとにノームさんご夫婦がステキな贈り物にお手紙を添えて送ってくれたり、本当に見守られてきた気持ちです。

そんな中で諦めずに書いてきて、何度か童話作品が受賞したり雑誌掲載され、励まされる気持ちで続けて来れました。今こうしてノームさんとの共作が絵本という形になると思うと、感慨深いけれどあっという間のような、不思議な気持ちです。

ノームさんからの手紙

梅垣)20年前の出会いからこれまでのやりとりの点と点が、時を経てこうして線になって、絵本の形になる。なんだかドラマチックですよね。
少し話が変わりますが、このプロジェクトは編集者不在の特殊な制作形態でして、というのも、ニジノ絵本屋が今まで編集者らしい担当を作らず、それぞれのプロジェクトごとに役割分担して絵本を制作してきたんですよね。そういった背景やまつざわさんとノームさんのこれまでの関係性から、実際の作画工程のやりとりはまつざわさんに進めていただいておりました。日米間、距離も時差もあるかと思いますが、どのようにしてやりとりされていたのですか?

まつざわ)ノームさんとは、絵本の話というよりも日常の気づきや想いを共有したい、という元々の関係があるので「あれを進めなきゃ」とか「いつまでにこれをやらなきゃ」という制作仕事という感じではありませんでした。私の子どもたちも、ノームさんとキャシーさんをグランディーとジーマと呼んで孫のように可愛がってもらっているので、よく休日の朝に一緒にスカイプでおしゃべりします。その後にキャシーさんはおやすみ〜と部屋へ行き、こちらでは子どもたちが父親によって公園へ連れ去られ(笑)やっと画面を通して2人きりになって制作話を進めたりしていました。まずは物語のシーンに込めた想いや、読み手に伝えたい空気感について、私が言葉で伝えました。

心にある景色を映し合いながら

梅垣)まつざわさんのお話をお伺いしていると、一つ一つのやりとりや言葉を大切にされているのだなあと感じるのですが、こうしたオンラインでの制作進行で困ったことや工夫したことなどありましたか?

まつざわ)やはり言葉だけではうまく伝わらないこともありました。ノームさんは鉛筆の下書きなしで、細かな筆を使い分けて直接に水彩で描き進めるスタイルです。繊細な色の表現のためには眼鏡に眼鏡を重ねて、高齢者には想像以上に大変な長時間作業になります。貴重な時間を無駄にしないためにも、私の方でスケッチをしてイメージを伝えることは多々ありました。

それでも文化背景の違いからか、オンラインではうまく伝わらないこともあり、想い出深いのは冒頭の森の入り口の絵ですね。「朝靄に光が差し込み、森の奥で不思議な物語が始まることを予感させる画」が私の中で映像として広がっていたので、スケッチして細かく伝えて共有したつもりでした。でも上がってきた絵は、どうしても「冬の色合い」だったのでノームさんと話し合うと、初夏の森の朝に対するイメージがどうも私が持っているそれとは異なることに気がつきました。

何度か色を重ねて描き加えてもらいましたが、最終的にはノームさんの許可を得て、梅垣さんにデジタルで色調整や構図の直しなどでお世話になりましたね。とても繊細な作業でしたが、おかげで美しく完成しました。

森のイラスト

梅垣)デザイナーの立場でイラストレーターさんの作品に手を加えるということは、とてもデリケートなところではありますが、まつざわさんの言葉がノームさんと私の気持ちを繋いでくださったことで、お互いのワークをリスペクトし合って、想いやイメージを共有することができたなと感謝しています。

まつざわ)あとは、あめつぶぼうやが旅した東西南北のページは、書いた時点で私の中に具体的な街の映像が浮かんでいたので、実際に旅した街の写真を選んでスキャンして送ったりもしました。西の街には、新婚旅行で行ったポルトガルの写真を選びました。ノームさんもこれまで沢山の旅をされているので、夕焼けに染まる見知らぬ街への愛おしさについて話したり、彼が見た北国の風景について話したり、とても豊かなやりとりでした。旅の想い出を共有するプロセスは、正に「あめつぶぼうや」と「ちいさなみずたまり」のやりとりのようでしたね。 自分の想い出の色が、ノームさんの筆によって蘇るようなステキな経験でした。

ポルトガルの写真

梅垣)まさしくお互いの心の景色を映しあって出来上がったシーンですね。まつざわさんとノームさん。年代も、住んでいる国も異なるお二人だけど、ひょんなことで出会って、それぞれの人生を歩みながらも、こうしてお互いの心の景色を映し合う。本当に素敵な関係だなと。そして、そんなお二人だからこそ、この絵本『ちいさなみずたまり』に命が宿ったのだと思います。

まつざわさん、ありがとうございます。まつざわさんがたまにノームさんからのメッセージを送ってくださって、私自身とても励みになっていました。いつかノームさんに直接お礼を言いに行けたらなあ。
たくさんの素敵な出会いが繋がって出来上がったこの『ちいさなみずたまり』ですが、次の回ではこの物語に詩を寄せてくださった谷川俊太郎さんとの出会いをご紹介いたします。お楽しみに!

プロフィール

まつざわくみ/著者

慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、出版社勤務を経て都内インターナショナルスクール幼稚園勤務。 傍らで児童文学の執筆を行い、新美南吉童話賞や福音館書店「一日一話コンテスト」受賞。
チェコ人の建築家とペーパークラフトブランド PORIGAMI を運営し、レーザー加工を施した紙作品が海外で受賞。 共著に「びょうぶカードBOOK にっぽん四季おりおり」(青幻舎)がある。
"kirifuda Japan"を立ち上げ、経営者のアート名刺やディスプレイ等を制作。
https://www.instagram.com/kirifuda_meishi/

梅垣陽子/装丁

神奈川県横須賀市生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科を卒業後、システムエンジニアとWEBデザイナーを経て、現在はブックデザイナーと絵本作家の一人二役ユニット「空想繪本屋」として活動。『野心家の葡萄』(吉家千陽名義)で絵本作家デビュー後、同作品で日本ブックデザイン賞2018入選。
https://www.instagram.com/chiharu.yoshiie/

インタビュー一覧

第1話
まつざわくみさんとは

2020年3月13日

第2話
この物語を作ったきっかけ

2020年4月14日

第3話
ノーム・コーンさんとの出会い

2020年4月18日

第4話
谷川俊太郎さんとの出会い

2020年4月19日

第5話
ニジノ絵本屋との出会い

2020年5月27日

ニジノ絵本屋

ニジノ絵本屋は「絵本の読み手と作り手をつなぐ架け橋」になることを目指し、2011年にオープンした絵本専門店です。東急東横線都立大学駅より徒歩3分の場所にある「店舗」、子どもから大人まで楽しめる絵本を制作する「出版」、音楽や食などとの掛け合わせで絵本の新たな魅力を伝える「イベント」の3つの軸で活動しています。
ニジノ絵本屋のレーベル絵本とは、絵本作家をはじめとするアーティストの仲間たちと企画・制作しているオリジナルの絵本です。