インタビュー #4

谷川俊太郎さんとの出会い

このコラムでは、この絵本の装丁を担当した梅垣が、この絵本ができるまでの物語を著者であるまつざわくみさんと一緒に紐解いていきます。前回は、この物語に絵をつけてくださったノーム・コーンさんとの出会いやこの作画の進め方などを紹介しました。
第4話では、谷川俊太郎さんがどのような経緯で、この物語に詩を寄せてくださったのかをお聞きしたいと思います!

励まされ続けたお手紙の言葉

梅垣)第1〜3話とお話を伺ってきて、本当にこの絵本は、まつざわさんが大切にしてきたさまざまな出会いとご縁の点と点が結ばれてできあがった作品だなと感じています。中でも、谷川俊太郎さんがこの作品に詩を寄せてくださったことは特別ですね。谷川さんの言葉を目に見える文字として表現させていただいたことは、私にとっても貴重で身に余る体験でした。
第2話でもお話しされていましたが、谷川さんに出会われたのは、是枝監督にご招待された試写会だったのですよね。

まつざわ)はい、子どもの頃からずっと尊敬している谷川さんに是枝監督がご紹介くださって、緊張と興奮でクラクラしたまま映画を鑑賞しました(笑)。そしてこの日の経験にインスピレーションを得て生まれたのが、この物語『ちいさなみずたまり』です。

梅垣)その後も谷川さんとお会いすることはあったのですか?

まつざわ)しばらく時間をおいて、是枝監督の他の作品の試写に招いていただいた際にまたお会いできました。その日は会場へ向かう途中でたまたま、谷川さんが空を見上げて立ち尽くしていらっしゃるところに遭遇したんです。夕暮れ時の雲と詩人の立ち姿が美しくて。思わず凝視してしまったら気がつかれたので「前回の試写でお会いした〜」とドキドキ話しかけたら「映画が始まるまで、一緒にビールでもどう?」と誘ってくださって。私は飲めないのに「はい!」と返事をしてカフェへ入り、緊張したまま結局はコーヒーを飲みました(笑)。
目の前でビールを美味しそうに飲む谷川さんは、なんともセクシーな方だなぁと。声も話し方も全てがオリジナルで魅力的。谷川さんとのカフェでの魔法のような時間は、約10年経った今も色褪せない想い出として私の心に刻まれています。

梅垣)お話をお伺いしているだけでも、谷川さんの気さくな人柄が伝わってきますね。その後はお手紙でもやりとりされていたんですよね?

まつざわ)はい、実はカフェでご一緒した際に、お話を書きためていることや、子どもの頃に書いていた日記帳の話をして「今度送ってもいいですか」と聞いたら「いいですよ」と少年のように気持ちのいいお返事をいただいて。それがきっかけで何度か文通させていただき、時には詩集や短編集が「参考になるかもしれません」「ずっと書き続けてください」と短いお手紙と共に同封されてきて、何度も励まされる気分でした。

谷川さんからの手紙

一昨年、オペラシティで「谷川俊太郎展」へ伺った際に、壁の展示に「私は筆不精です」とあったのを目にして泣きそうになりました。毎回必ずお返事をくださっていたことに、感謝で胸がいっぱいになったんです。どの手紙も私の一生の宝物です。

売り手視点とつくり手視点

まつざわ)この10年間は結婚して3人の子どものお母さんになり、レーザーをかけた紙作品の制作で起業もして、なかなかエネルギーの要る大変な日々でした。それはもう……今もカオスのような日常です(笑)でも人って「いつか佳い報告をしたい」と想える尊敬する人がいることで、心を強くしなやかに持ち続けることができるものですよね。私はやや時間がかかり過ぎですけど(笑)
20代での是枝さん、30代での谷川さんとの出会いには、本当に勇気付けられ続けています。この10年の間に小さな童話賞をいただいたり、幾つかの作品が雑誌に掲載されたりしたことも、小さい子どもたちのお世話と仕事の傍らで、諦めずに書き続ける大きな励みになりました。

新美南吉童話賞

母の友

まつざわ)『ちいさなみずたまり』は、いくつかの出版社の編集者にもご覧いただきました。 自分で簡単にまとめた冊子をお届けすると、色々な感想が寄せられました。物語への純粋な感想や、ノームさんのイラストの美しさに対する前向きなコメントがありつつも、決まって「本屋のどのコーナーで売れるのかイメージができない」「絵本としては長すぎるけれど児童書としても扱いにくい」といった売り手視点のネガティブな意見が続いて、頭では理解できるもののかなり辟易しました。
意気消沈しながらも「書き手はそんなことを考えて書き始める必要があるの?」「売り手の工夫次第で、絵本は子どもだけでなく様々な層に届けられるのでは?」という疑問がムクムクと湧いて膨らんでゆきました。

梅垣)たしかに、売り場や売れ筋のテーマから企画を立てることは多いようですね。私の尊敬する出版プロデューサーの方も「売れる本は散々つくったから、売れない本がつくりたい」とこぼしていたのを思い出しました(笑)。一方で、私もつくり手でもあるので、まつざわさんのおっしゃることはとてもわかります。
そんなときに救ってくださったのも、谷川さんの言葉だったとか。

まつざわ)面識のある雑誌の編集長に『ちいさなみずたまり』を簡単な冊子にまとめたものをお届けしたら「水の反射や蒸発など科学的な要素もあって小さい子には理解ができない」といったことや、その他にも発達段階の側面で長々とご指摘されたお手紙をいただき……ものすごく悲しくなって。
その時に、もうそれは本当に魔法だと想うのですが、ちょうど谷川さんからお電話をいただいたんです。谷川さんへも冊子をお届けした後だったので、その時はお便りではなくお電話をくださり、私は受け取ったばかりの編集者からの返答について話しました。すると即答で「つくり手がそんなことを考える必要なんてないですよ。美しいと思うものを、ただ美しく形にすればそれでいいんです。」と断言してくだり、私の胸のつっかえは一気に取れました。ベランダから美しい夕暮れの光が入ってきて部屋を優しく満たしてゆき、私の心もぐんと明るく照らされたのを覚えています。
あの時にいただいた言葉は谷川さんの温もりのある声で、ずっと私の胸に響いています。物語を書いたり何かを作るうえで、一生大切にしたい言葉です。

梅垣)美しいと思うものを、ただ美しく形にすればいい。とても勇気付けられるメッセージですね。私もこの言葉を大切にしたいです。

美しいと思うものを、ただ美しく形にすればいい

誌「みずっていいね」

まつざわ)谷川さんは「本の形になったら見せてください」とおっしゃってくださっていたので、ようやくニジノ絵本屋さんと出会って手製本していただいた『ちいさなみずたまり』をお送りすると、間も無くして「みずっていいね」と題された詩を書いて送ってくださいました。封筒を開けた瞬間に、白い紙に打たれた詩が見えて、下の方に「こんなふうに書いてみました。よかったら使ってください」と。涙が溢れました……身に余る幸せです。
すぐにお電話をしたら「ニジノ絵本屋さんと出会えて良かったね。美しい絵本になったから、詩が書けました」と。粋というのは、このことだなぁと。惚れてしまいますね。私もいつか誰かの小さな希望になれるまで、諦めずに書き続けたいです。

梅垣)私の手で製本させていただいた作品が谷川さんの目に触れると思ったら、とてもドキドキしてしまったのをつい昨日のことのように覚えています(笑)。

まつざわ)今なら自信を持って言えます。もうすぐ3歳になる末っ子の娘も、科学的な現象を知識として理解していなくても、大きな水たまりを覗き込むと顔がぼんやり映ることや、おひさまの下で少しずつ小さくなってゆくことに日々触れて知っています。ちゃんと見て感じているし、その不思議を不思議のままに心の深いところで受け止めている。自然界の「センスオブワンダー」を頭ではなく、心で感じていることが本当に尊くて美しい。これはそんな不思議の世界をよく見ている小さな人、そして幼き日の新鮮な驚きを忘れずに大きくなって共鳴し合う大人たちへ向けて、心をこめて作った絵本です。

まつざわさん、ありがとうございます。まつざわさんを通してお伺いした谷川さんのお言葉に私も励まされましたし、みずたまりの景色を映し合うように、まつざわさんを勇気付けたこの言葉が、いつか他のつくり手さんを勇気付けることもあるのではないかと思っています。
さて、次の回はいよいよ最終回。いくつかの出版社さんに『ちいさなみずたまり』を持ち込んでいたまつざわさんが、いよいよニジノ絵本屋と出会われた時のお話をご紹介します。お楽しみに!

プロフィール

まつざわくみ/著者

慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、出版社勤務を経て都内インターナショナルスクール幼稚園勤務。 傍らで児童文学の執筆を行い、新美南吉童話賞や福音館書店「一日一話コンテスト」受賞。
チェコ人の建築家とペーパークラフトブランド PORIGAMI を運営し、レーザー加工を施した紙作品が海外で受賞。 共著に「びょうぶカードBOOK にっぽん四季おりおり」(青幻舎)がある。
"kirifuda Japan"を立ち上げ、経営者のアート名刺やディスプレイ等を制作。
https://www.instagram.com/kirifuda_meishi/

梅垣陽子/装丁

神奈川県横須賀市生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科を卒業後、システムエンジニアとWEBデザイナーを経て、現在はブックデザイナーと絵本作家の一人二役ユニット「空想繪本屋」として活動。『野心家の葡萄』(吉家千陽名義)で絵本作家デビュー後、同作品で日本ブックデザイン賞2018入選。
https://www.instagram.com/chiharu.yoshiie/

インタビュー一覧

第1話
まつざわくみさんとは

2020年3月13日

第2話
この物語を作ったきっかけ

2020年4月14日

第3話
ノーム・コーンさんとの出会い

2020年4月18日

第4話
谷川俊太郎さんとの出会い

2020年4月19日

第5話
ニジノ絵本屋との出会い

2020年5月27日

ニジノ絵本屋

ニジノ絵本屋は「絵本の読み手と作り手をつなぐ架け橋」になることを目指し、2011年にオープンした絵本専門店です。東急東横線都立大学駅より徒歩3分の場所にある「店舗」、子どもから大人まで楽しめる絵本を制作する「出版」、音楽や食などとの掛け合わせで絵本の新たな魅力を伝える「イベント」の3つの軸で活動しています。
ニジノ絵本屋のレーベル絵本とは、絵本作家をはじめとするアーティストの仲間たちと企画・制作しているオリジナルの絵本です。