インタビュー #5

ニジノ絵本屋との出会い

このコラムでは、この絵本の装丁を担当した梅垣が、この絵本ができるまでの物語を著者であるまつざわくみさんと一緒に紐解いていきます。前回は、谷川俊太郎さんとの出会いやこの絵本に詩を寄せてくださった経緯などを紹介しました。
最終回の第5話では、『ちいさなみずたまり』の原案を書き上げたまつざわさんが、どのようにしてニジノ絵本屋と出会い、絵本を制作していったのかをお聞きしたいと思います!

はじまりは一本の電話

梅垣)前回、『ちいさなみずたまり』の原案を持ち込んだいくつかの出版社さんで「どのコーナーで売ったら良いのかわかりにくく扱いづらい」などのご意見をもらって意気消沈していた際に、谷川俊太郎さんの言葉にとても勇気づけられたとお伺いしました。
そんな折に、ニジノ絵本屋のことを知ってくださったのはどんなきっかけなのでしょうか?

まつざわ)谷川さんとお電話でお話しした際に、励ましていただくと同時に「もっとよく探せば、小さな出版社でも良い絵本を作っているところがありますよ」と海外も視野に入れてアドバイスをいただきました。とにかく諦めずに進もうと想って、近郊のより小さな出版社を探し始めました。そしてネットで、何かの絵本イベントにバンドと共に参加して絵本を紹介する<ニジノ絵本屋キャラバン>の様子を拝見して「これって本当に出版社なのかな?」と想いながら(笑)すぐにサイトへ飛びました。そしたら代表のいしいあやさんが「絵本を作りたい人と直接お話しする会」の案内が目に入ってきました。

梅垣)それからすぐにご連絡いただいたのですか?

まつざわ)そうですね、2018年の6月だったんですが「最近、絵本の持ち込み企画の相談が多くて代表が忙しいでので、すぐに直接お会いするのは難しいです。また機会があれば」といったことを電話口でご説明いただき、それは残念だなぁと。でも数日してから、またスタッフの方にメールをいただき「お電話でお話しいただいた絵本企画について代表に話したところ、やはり直接お会いしてお伺いしたいと言っております」と一転しました。「あらら?何が起きたのかしら?」と不思議がりながらも、なんだかワクワクした気持ちで、都立大学へ向かいました。
実際にお店へ伺ってみたら、以前お店の前を通って気になったことや、ニジノ絵本屋さんが取材された映像をテレビで観たことを想い出したりで、なんだかご縁を感じました。

梅垣)まつざわさんにご連絡いただいたとき、内部の会議にその報告が出ていたことを今でも覚えています。「やっぱり一度お話だけでも聞いてみたらどう〜?」なんて言っているうちに、次に話が降りてきたときには気がついたら話がまとまっていました(笑)。

まつざわ)お会いしてからは急展開でしたよね。確か、梅垣さんがまだ独立される前で、ニジノ絵本屋さんの内部デザイナーさんとして働いていらして「電話を受けたスタッフにお断りした話を聞いて、何だか気になってしまって、一度お会いしてみたらと代表に伝えました」と話されていたのを覚えています。その第六感に心から感謝です(笑)

梅垣)ニジノ絵本屋は店舗運営を基軸にしているので、出版社としては本当に小さいのですが、ニジノ絵本屋のどういったところに期待して、一緒に絵本をつくりたいと思ってくださったのでしょうか。

まつざわ) ラフの絵本や、これまでの掲載雑誌を携えて絵本屋さんへお伺いしたら、代表のあやさんが穏やかにニコニコしながらも、パーッと早口にお話しされて、絵本をパラパラとめくって「これ、うちで絵本にして出したいです。だって虹も出てくるし!」と即決だった気がします。でもそれが「私たちに作らせてください」ではなくて「一緒にステキな絵本にしましょう!」という言い方だったのが、とっても嬉しかったです。

打ち合わせの様子

まつざわ)その後の打ち合わせでも、ずっと「私たちは小さな出版社だけれど、他の出版社が出せない絵本を作りたいと想っているから、予算や技術的に何が可能か?ではなくて、まずはくみさんがこの絵本で何をやりたいかを教えて欲しい」と、代表のあやさんは常にそこを大事にして下さいました。いつも私の中にある「こうしたい、やってみたい」に耳を傾けて、なんとか形にする方法を一緒に考えてくださったことに、心から感謝しています。打ち合わせは毎回楽しかったですね〜。妥協なく語り合うことで、トランスペアレント用紙のページで始めて、朝靄のかかった朝の森を表現できたり、虹が広がるダイナミックな観音開きページで終えることもできて…本当にニジノ絵本屋さんとでないと、全て実現ができなかったと感じています。

梅垣)元々ニジノ絵本屋の絵本づくりは変わっていて、編集者不在なところがあるのですが(笑)今回は他にもいろんな要素が加わって、途中、まつざわさんと私だけで少しずつ制作を進める時期もありました。ご不便をおかけすることもありましたが、まつざわさんと一緒にこうして最後まで走りきることができて、感謝の気持ちでいっぱいです。でも、当初の予定より制作期間が延びた分、まつざわさんの《これまで》や《どうやって物語が生まれたのか》について、より深くお伺いできて嬉しかったです。

谷川俊太郎さんの詩から生まれた装丁

梅垣)見本用で制作した手製本や本番の4種の表紙など、装丁に関しても色々と初挑戦できたのも思い出深いです。
今回の装丁は、谷川俊太郎さんが寄せてくださった詩「みずっていいね」にあるように《ひとしずくのみずは ひとしずくのみずにあうと ふたしずくにならずに すこしおおきいひとしずくになる》という一節からインスピレーションを受けて、4冊並べると「1つの大きなみずたまり」になる表紙にしました。

『ちいさなみずたまり』の装丁①

梅垣)実は、表紙のデザインを複数パターンに分けるのは、今回の印刷を手掛けてくださった藤原印刷さんに初回のお打ち合わせで「こんなこともできますよ」と教えていただいたアイディアの一つだったんです。実際にデザインしたのはそれからだいぶ時間が経ってからだったのですが、谷川さんの詩を拝見させていただいたときにコンセプトとそのアイディアが一気に結びついて、この装丁が生まれました。

『ちいさなみずたまり』の装丁②

まつざわ)最初、谷川さんから詩が届いた時に、なんてシンプルで柔らかな視点で書かれた作品だろう!と嬉しくなりました。『ちいさなみずたまり』は、絵本のサイズも幼い子が抱きしめられるほど小さくて、大きな森に沢山あるみずたまりの中のたったひとつに起きた、ささやかな奇跡のお話です。
みずたまりの最後の気づきも、シンプルでいて深いものです。その世界にそっと寄り添うような、無垢な子どもたちの心のスクリーンに浮かび上がる、自然界への「センスオブワンダー」を語った詩だと感じました。ずっと語り合って共有してきた梅垣さんが、そんな想いを表紙デザインに込めてくださったことが、とても嬉しかったです。

心の中のみずたまりを広げていこう

梅垣)これで絵本制作の工程としては一区切りですが、ニジノ絵本屋は「つくるだけ」「売るだけ」ではなく「つくって届ける」ことを大事にしている絵本屋です。私も吉家千陽名義で『野心家の葡萄』という絵本を出版していただいたのですが、海外の書店で取り扱っていただいたり、絵本のタイトルをお店の名前に使いたいと言っていただいたり、いろんなアーティストの方に音楽をつけていただいたり、読み聞かせの動画を140万回視聴いただいたり…制作しているときには思ってもみなかったご縁を、絵本が沢山導いてくれました。『ちいさなみずたまり』もきっと、まつざわさんを素敵な世界に連れていってくれると思います!

最後に、まつざわさんからも、何かメッセージがあればお願いします。

まつざわ)絵本の作り手と読み手をつなぐ《虹の架け橋》となることを目指している、ニジノ絵本屋さんと一緒に、心に描いてきた美しい絵本を形にすることができて…感無量です。
親友のノームさんとも、長年に渡ってお互いを想い続けたことで、海を越えて虹がかかったね!と共に喜び合いました。《自分で動くことができない水たまりが、世界の風景の色に想いを馳せる物語》を、図らずも、世界中をウィルス感染の恐怖が覆う時期に、こうして発売することになりました。
今という時に、自宅で過ごす小さな子どもたちはもちろん、窓から世界へ想いを広げる、かつて子どもだった大人の皆さんにも、ゆっくり開いて感じていただきたい絵本です。いつか絵本のように嵐が過ぎ去って世界に虹が架かる時に、私たちの中で大きな池に成長したみずたまりに、より美しい景色を映し出せたらいいなぁと願っています。そのためには、今はさざ波立った水面ではなく、たおやかな表情で世界を想うみずたまりを、大切に心の中に広げたいですね。

まつざわさん、5回に渡ってお話を聞かせてくださいまして、ありがとうございます。とても個人的な興味からいろいろお伺いしてしまったのですが、みずたまりが自分の中に景色を映し出すように、まつざわさんや谷川さんの言葉を自分の心に投影することで励みになった方もいらっしゃると思います。
これからは、ニジノ絵本屋とともにこの絵本の体験を届けていきましょう!

終わりに...

ニジノ絵本屋代表 いしいあや

今、みなさんがどのような状況に置かれているか、私も自宅という小さな世界からの想像になりますが、色々なことを思って生活しています。計り知れない苦労や心配がある中、それぞれの立場でそれぞれが出来ることを頑張っているのだろうと思います。
私も、仲間と心で手を繋ぎ、おおきな虹がかかるように、すこし先の晴れた未来を思って、今できることに取り組んでいます。

絵本『ちいさなみずたまり』の制作にあたり、実際に手にとってページをめくれるこの日を迎えるまで、たくさんの方々にご協力をいただきました。関わってくださった皆様に心からの感謝を申し上げます。

今これを読んでくださっているあなたに届いた後は、大切な人にこの物語を届けていただけたら嬉しいです。
この世界に一歩を踏み出した小さな絵本を、どうぞよろしくお願いします!

プロフィール

まつざわくみ/著者

慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、出版社勤務を経て都内インターナショナルスクール幼稚園勤務。 傍らで児童文学の執筆を行い、新美南吉童話賞や福音館書店「一日一話コンテスト」受賞。
チェコ人の建築家とペーパークラフトブランド PORIGAMI を運営し、レーザー加工を施した紙作品が海外で受賞。 共著に「びょうぶカードBOOK にっぽん四季おりおり」(青幻舎)がある。
"kirifuda Japan"を立ち上げ、経営者のアート名刺やディスプレイ等を制作。
https://www.instagram.com/kirifuda_meishi/

梅垣陽子/装丁

神奈川県横須賀市生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科を卒業後、システムエンジニアとWEBデザイナーを経て、現在はブックデザイナーと絵本作家の一人二役ユニット「空想繪本屋」として活動。『野心家の葡萄』(吉家千陽名義)で絵本作家デビュー後、同作品で日本ブックデザイン賞2018入選。
https://www.instagram.com/chiharu.yoshiie/

インタビュー一覧

第1話
まつざわくみさんとは

2020年3月13日

第2話
この物語を作ったきっかけ

2020年4月14日

第3話
ノーム・コーンさんとの出会い

2020年4月18日

第4話
谷川俊太郎さんとの出会い

2020年4月19日

第5話
ニジノ絵本屋との出会い

2020年5月27日

ニジノ絵本屋

ニジノ絵本屋は「絵本の読み手と作り手をつなぐ架け橋」になることを目指し、2011年にオープンした絵本専門店です。東急東横線都立大学駅より徒歩3分の場所にある「店舗」、子どもから大人まで楽しめる絵本を制作する「出版」、音楽や食などとの掛け合わせで絵本の新たな魅力を伝える「イベント」の3つの軸で活動しています。
ニジノ絵本屋のレーベル絵本とは、絵本作家をはじめとするアーティストの仲間たちと企画・制作しているオリジナルの絵本です。